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住職のたあいない話

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心に響く鐘の音

先代住職の時から毎朝6時に鐘をついている。

毎朝 何故鐘を撞く! お寺で鐘をつく意味は? と 時々考えてしまうこともあるが、先代住職から続けいていることを止められない。

鐘を撞くタイミングは、「除夜の鐘」や「法要の前(法要が始まる知らせ)」などあり今でも意味・目的があるが、

朝や夕の鐘は時刻を知らせるための時報として鳴らしていたが、今は腕時計やスマートフォンでいつでも正確な時刻を知ることができる。今の時代に朝の鐘を撞く必要性を考えてしまう。

一週間前ほどから、朝6時の鐘を撞くときに小さな子供(聞くと4歳)と叔父さん2人が境内の入り口に立って鐘を撞くのを見ている。3度目の時、鐘撞堂の近くで2人が鐘を撞くのを待っていた。「おはよう」、子供に鐘を撞いてみると聞くと笑顔で頷く。2人が鐘を撞くとき、叔父さんが手を合わして「ナンマンダブ」と言って撞くんやと聞こえた。

帰り際に、どちらから来ているのか聞くと1.5kほど離れたところから来ていた。子供が鐘の音を聞き、叔父さんに音のするところを探そうと言って来たそうだ。

次の日も子供と叔父さんが来ていた。子供に鐘を撞くと聞くと、鐘の音を聞くだけで良いと言って撞き終わるまで側にいてくれた。

以前、お年寄りに「お寺の鐘が聞こえると、お寺の方に向かって手を合わすんや」と言われたことを思い出した。

古くから続く習慣にしたがい毎日朝6時に鐘をついているが、そんな歴史を感じる響きの中に私たちの心に感じるものがあるのだと思う。

デジタル・ITと時代は便利になっていくが、それで私たちが満たされ幸せになるのではない。だから仏教がお釈迦様滅後の2500年たつても伝わっている。

仏教も時代の流れに合わせ変えてく必要はあるが、仏教としての本質は変えてはいけない。

町の中では除夜の鐘がうるさいと撞けないところもあるが、当寺がある場所はまだ問題はない。

近くにお寺があっても存在すら知らない人々が多い中、鐘の音によってお寺を感じる縁になればとこれからも撞いていく。

4歳の子供に教えられた

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