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住職のたあいない話

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お寺の掲示板

1ヶ月半ぶりのブログ更新。

無精者のため法務が少し忙しくなると、ブルグの更新が先延ばしになってしまい

一月に1〜2回更新の目標が守れない・・・・。

「子は親のいうようにはしないが、親のするようになる」

先代住職の父が亡くなり一年が過ぎ、

先代住職のやって来たことの思いがわかるようになってきた。(と自分では思う)

父は自分に対して、“これをしろ”や“これをするな”などあまり言わない父であった。

その中で、自分は父がしていることに対して“考えが古い”や“考えが硬い”などと言って

批判していた。

例えば、

父はご門徒さんに祥月命日のご案内葉書を五十回忌まで出していた。

(葉書の内容は“当寺行事として、ご門信徒各位の先達様を偲び お寺で祥月法要を修行します” 時間は命日の午前8時30分)

そして、ご門徒さんの両親の祥月命日であれば五十回忌を過ぎてでも出している。

自分が

“そこまでしなくても良いのでは、五十回忌以降は出さなくても”

“ご案内してもお参りに来られない人が多いのに”と言うと、

父は

“ご案内してお参りにこれなくても、ご縁のある人の命日がもう直ぐだと思ってもらえればそれで良い”

両親の五十回忌を過ぎでも案内に対しては

“親との縁を切るのか”言われた。

毎日毎日葉書を書き、お勤めが終われば乾物のお供えを送っていた。

(乾物のお供えは、ご門徒の乾物を取り扱うところが無償で何十年も提供してくれている)

祥月命日のご案内

今は、自分が父と同じことをしている。

そこには父の思いが少しわかってきたからだと思う。

何気ない仕草も、父に似ている時があり

一人で笑ってしまう。

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